廣重剛史
現代日本における人間関係の希薄化
現在、日本では人と人とのつながりが希薄化するなかで、「コミュニティの再生」が求められています。
たとえば、集合住宅では隣人トラブルや独居老人の孤独死が生じ、ニュースでは老々介護の悲惨な現場や、引きこもりの高齢化問題などが報じられています。会社では、正規と非正規の待遇格差で人間関係がよそよそしくなり、仕事や育児にストレスを抱える両親のもとでは、幼児・児童虐待につながるケースも稀ではありません。
大学でも、自己肯定感の低い若者が増えたと言われ、価値観が多様化するなかで恋愛を面倒だと感じる者も増えています(!)。大学のサークル活動の停滞は著しく、文化祭の成立さえ危ぶまれる状況も生じています。そうした状況が、このコロナ禍で追い打ちをかけられ、身近なところでは、残念ながら目白大学のサークル「三陸つばき」も、昨年をもってサークル登録を廃止しました。
このような大小様々な出来事を目にすると、今日の日本人の多くはスマホなど、ますます便利になっている科学技術に取り囲まれて「自由」を享受しながらも、実際は強い「孤独」と「不安」を無意識に抱え込んで生きているように思われてなりません(もちろんこの記事もインターネットで発信しているので、スマホなど科学技術がすべて悪いという意味ではありません)。
なぜ、いま「コミュニティの再生」か?
ところで、上に現代日本の社会的課題の一例として挙げた、隣人トラブルや孤独死、正規と非正規の格差、児童・幼児虐待などの問題は、国や自治体や警察などの「行政」組織が対応すべき問題ではないでしょうか?
実際に、正規と非正規の格差解消を目指す「働き方改革」も国が進めています。また虐待の問題も、今なお悲惨な事件が後を絶ちませんが、警察と児童相談所の連携も改善が検討されています。こうした意味で、社会問題の解決に対して、行政が果たすべき、また果たしうる役割が、現在もきわめて大きいことは言うまでもありません。
しかしながら、周知のように日本はすでに、国地方合わせて1200兆円以上の債務を抱える財政難にあります。そのなかで、税金に依存した公共サービスの縮小が求められるのは、財政破綻の危機にある市町村だけではなく、日本全体の長期的な趨勢だといえます。ここに、従来行政がおこなってきた公共サービスを、住民やNPO、ボランティアなども担ってゆく、相互扶助的な「コミュニティ」の形成が求められるようになっている社会的背景があります(もちろんこれは行政側からの理由です。その他の理由についてはまた次回以降に。あと最近では、現代貨幣理論で日本の財政破綻はありえないという意見もありますが、この点については、たとえばこちらの田村正勝先生の記事をご参照ください)。
なお、ここでいう「NPO(Not-for-Profit-Organization)」とは、下記の表で分類されるところの最広義の非営利団体まで指しています。一般的には、最狭義の「特定非営利活動法人」と、狭義の「市民活動団体、ボランティア団体」を「NPO」と言っています。なお、NPOは「非営利」という性格から、町内会や自治会等の地縁団体も含まれますが、本稿ではまた次回以降で述べますように、地域性に基づく「地縁団体」と、地域にこだわらずに公共的なテーマを追求する「NPO」とは区別して扱っています。次回は、この「コミュニティ」や「NPO」の、現代社会における見取り図について、できるかぎり簡単に解説してみたいと思います。
参考文献
大阪ボランティア協会編、2004、『ボランティア・NPO用語辞典』、中央法規出版。
※本記事は、拙著「コミュニティ再生のための理論と実践」目白大学社会学部社会情報学科編『社会情報の現場から ソシオ情報シリーズ19』(2020年、三弥井書店)の一部を加筆修正したものになります。
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